42 森吉山(1454m) ★二百名山★ *花の百名山*
県=秋田 一等三角点 コーディネーター=佐々木昇氏
同行者=石井さん、他12名
登山日:1999年6月26日~28日
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Outdoor Style サンデーマウンテン
歳月茫々。長年務めた会社を定年前に、早期退職制度を利用して退職したが、引き続き取引先企業へ企画室長として横滑りした。安政元年創業の同社は150年の歴史を有す老舗で、脈々と継続してきた古い体質を改革して頂きたいという、先方の強い要望により入社した次第である。
ある程度軌道に乗った処で、気がつけば私も60歳を過ぎようとしている。ほんとうに歳月の経つのは早いもので、時の流れ去る速さを実感するのだが、最近ますます速くなっていくように思われて仕方ない。未だ先に人生があるような気がしていたが、父親が人生50年と言われた当時、48歳で他界したことを思う時、そろそろ人生の区切りをつける事を考えていた。その頃、「白神ブナ倶楽部最後の山行 森吉山登山案内」を石井さん経由で佐々木さんから頂いた。下山後に、「白神山地の山々」の著者である石井さんの出版記念パーティーを能代市内の「プラザ都」で実施する旨、記してあり総勢14名の大所帯の山行計画だった。
山歩きを始めて2、3年、この頃、登頂1000山を目標に掲げていた。後どれ程の余命を自分の自由な時間に費やせるか、会社勤めを辞めようと決心した登山だった。当然、取り巻く環境が変化しなければ絵に描いた餅になる。
登山計画では、夜行バスで鷹ノ巣バスステーション集合、大平湖~小叉峡、クマゲラ保護センター~森吉山荘泊。翌朝、山荘を発ち一ノ腰から頂を踏んでクウィズ森吉にて入浴の後、能代に戻りパーティーをする計画だった。
早朝の7時に鷹ノ巣バスセンターで各地から集合。佐々木さんの運転でマイクロバスに同乗して、今晩の宿である森吉山荘に着いた。一旦休憩して静かに佇む大平湖に向い、北清水乗船場から遊覧船に乗った。立派な制服を身に付けた船長の案内に浸り、明日登る森吉山の大きな山体が、なだらかに雪渓を所々に纏い遠望出来た。
風景に満喫して半時ほどで対岸の小叉峡入口の南清水下船場に降り立った。ここからU字に抉られた滑滝の続く小叉峡を辿り、数々の瀑布やおう穴を眺め、幾何学模様に彩られた河床を堪能し遊歩道の終点で三層に怒涛の如く流れ落ちる大瀑布の三階ノ滝を散策して、往路の行程を戻った。
早朝の山荘周辺の雨上がりの木々の幹は黒く濡れ小陰はほの暗い。繁みの奥から霧が流れ出て森は生きた木々が群れていた。ここでは人の造った価値観から遮断され、何10年、何100年という単位の時間がある。人間の寿命なんて短く小さいものだ。自然と向き合うことにより、自分が生きていることを実感しながら、靄が漂うこめつが山荘の先に有る登山口に進んだ。
ここから気持の良い森林の中を歩き出す。森は、街の暮らしに疲れた私達にゆったりとした時間を与えてくれると共に、全てを包み込んでくれる大きさと優しさを兼ね備えて迎えてくれた。
一ノ腰ピーク(1264m)で一息入れて、未知の森の新鮮な空気や爽やかな樹木の香りに身を浸し、路傍にはオオバキスミレ・エンレイソウ・カタバミ・ズダヤクシ・ショウジョウバカマ・ゴゼンタチバナなどが、心身に安らぎを与えてくれる道すがら、爽やかな風が吹き抜け、涼風が運んでくる木々や草花の新鮮な香りは、濁世を一時忘れさせ、五感を鮮やかに蘇らせてくれる山道をひたすら登って行く。
やがて森吉神社のある岩峰を遣り過ごし清冽な水がほとばしる小さな沢を渡り、薄暗い樹林帯をしばらく行くと、純白の花弁に真赤な額のアカモノ、そしてハクサンチドリやツマトリソウ・ヒメイチゲにシラネアオイが薄紫の大きな花を咲かせ明るく輝いていた。暫く進んで光が差し込む空間に出た。
戸鳥内コースと合わせた石森ピークで小休止して、辺りには霧にあらわれた淡いピンクのサラサドウダンがしっとりと鮮やかに映え、霧の上昇につれて刻々と変化してゆく風景が広がり、蒼黒いアオモリトドマツが所々に配置された端正な森吉山の姿が現れ風の音だけが耳をかすめてゆく。
アオモリトドマツの純林を抜けると、外輪山の広大な稜線で、淑女のようなツバメオモトや純白のサンカヨウ・キヌガサソウ・ヒナザクラが、今を盛りと翠緑を彩っていた。
先ほどまでは、稜線から吹きつける強風に耐えるまま、まるで低木のような姿のブナの森が広がっていたが、森林限界を越えると、ブナは一本も無くなり辺り一面ササが波を打っている。避難小屋のある稚児平から広大な山人平を見下ろすと、チングルマやイワカガミ、ミツバオウレン・イワイチョウが群落をつくって咲き乱れていた。花の百名山に選定されているだけあって花の山上楽園で、山頂を踏む前にしばし感激に慕ってしまったひと時だった。
ここから山頂は指呼の間にあり、なだらかな山腹を行くと岩と砂礫の頂きに一等三角点標石と大きな山頂標柱のある頂上に立った。残念ながら生憎のガスの湧き出しに阻まれ眺望は利かない。記念写真を撮って山頂を辞す。
往路を雲峰峠まで下降して、松倉コースに入り気持の良いブナの原生林を堪能しながらどんどん下る。幽霊茸と言われるギンリョウソウをカメラに収め林道に出て、森吉スキー場のゲレンデを横断して、こめつが山荘へ戻った。
森吉山の麓には「阿仁」という地名がみられ、阿仁マタギの里でもある。阿仁の語源はアイヌ語で「樹木の茂る所」つまり森のこと。我々の歩いた松倉周辺も、密やかなミズナラ、ブナ、ヤチダモやキタゴヨウマツなどが茂る奥深い森であった。
下山後にマタギの里である「阿仁」へと向う。熊牧場に立ち寄り「ヒグマ」や「ツキノワグマ」の親子を観察させてもらった。中でも印象に残ったのは、大きな図体の恐ろしいヒグマ、高い木の上で昼寝をする中年のツキノワグマ、飼育員からオッパイを飲ませて貰う幼少の熊、そして石井さんの汗ばんだ腕を嘗めて塩分を補給する小熊だった。石井さんの話によると、熊の舌は可也ザラザラしていたとの事。
阿仁マタギで唯一人、現存する鈴木古老を訪ねマタギの狩猟の仕方や仕来りを教えてもらった。
その後、能代に戻りパーティーに参加した。大変楽しい、有意義な時間を過ごさせていただいた。このような機会を与えてくださり、ありがとうございました。関係者の皆様に感謝します。
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