79 大嵐山(1635m){オオアレヤマ}
80 湯ノ倉山(1343m){ユノクラヤマ}
県=福島
同行者 田中さん
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Outdoor Style サンデーマウンテン
大嵐山は帝釈山脈のほぼ中央、枯木山の北方に位置する。舘岩村の松戸原から、右前方にひと際高く目立つ山である。
宿を発ち一路R289~R121を辿り、上ノ原のY字路をR352線に入り、急坂の中山トンネルを乗越し舘岩村役場の交差点を湯の花温泉方面に進み、少し狭い道路から広くなった左側に湯の花温泉石湯バス停がある。この細い舗装された滝沢林道に入り路面が凸凹でキズだらけのY字路を左に暗い杉林の中を進むと、1.5㌔ほど入ったどん詰まりが、車5台ほど置ける駐車場で大嵐山・湯ノ倉山登山口の立派な道標が立っていた。
駐車場脇の登山口から、初めは荒れた林道で滝沢沿いに湿った杉林を進むと廃道寸前の林道も終り、トチやサワグルミの林相となり林床は一面シダがびっしりと地を覆い、進むほどに原生林の趣が増す。やがて湯ノ倉山への分岐。
「熊にご注意下さい」の看板が付けられていたので鈴音を一段高くして直進する。間もなく沢に出会い、飛び石伝いに右や左に4回ほど渡り返し進と、夥しいヤマブドウが赤く染まり見事なものだ。登山道は道標も要所に設置してあり、よく整備されていて歩きやすくなる。
オオカツラの大木まで登ると沢から離れて左の斜面に取付き紅葉樹林もブナ林に変わる。まだ若い木が多い二次林で、雑然とした中で太いブナに汗ばんだ背中を寄りかかせると、ひんやりとしてなんとも云えない気持ち良さだった。
黄紅葉している林内を落葉の絨毯を踏みしめながら、急斜面をジグザグに登ってようやくダケカンバの細い稜線へ辿りつく、尾根の東側は断崖絶壁。ここから真南に方向転換してコメツガ、シラビソなどの亜高山性の針葉樹が多くなり、展望の尾根歩きになる。
右下には下山路に経由する全山紅葉の湯ノ倉山が見えた。大岩を巻きトラロープを使う小さなアップダウンを繰り返し、灌木に隠れていた左下の鱒沢渓谷側は急峻である。足元が切れ落ちている個所もあるので慎重に登る。シャクナゲ、ゴヨウマツ、クマザサを潜り前方が開けてくれば、ほどなく二等三角点の山頂に辿り着いた。
細長く南北に広い尾根上の山頂からは360度。赤や黄色に染まった低木や薄日に照らしだされたダケカンバの燻銀の幹の向こうに七ヶ岳、荒海山、枯木山、会津駒ヶ岳、田代山、帝釈山、燧ヶ岳など、会津の山並みが広がる。
落葉樹の錦と針葉樹の緑のコントラスト、近くに土倉山、佐倉山、昨日登った三角山も眺められる。南の真下には山肌一帯を青黒い針葉樹林で覆われた1596m峰が辺りと変わった林相で一際目立つ、ホシガラスが独特の泣き声で飛び去る。遠くには日光や那須の連山も薄っすらと望められ山座同定を楽しみ、ひとしきり眺め堪能して下りにかかった。
帰路は湯ノ倉山経由の周遊コースを歩く。落葉で滑りやすいので慎重に歩を進め、分岐から湯ノ倉山への尾根道は、アップダウンの少ない気持ちの良いブナ林で疲れ知らずのルートだ、湯ノ倉山には三角点は無いが、切り開かれミズナラに大きな山頂標識が括り付けてあった。振返れば大嵐山、下山方向には湯の花温泉街が望め、誰も来ない静かな山頂だった。
湯ノ倉山からは朽ち果てた丸木階段を急下降。急峻な山だと実感し、やがて道も緩やかになると驚いたことに、十数本のブナに熊の爪痕、このような状況は初めて見た。暫く下ると沢筋となり一面サワグルミの大木が天を突く見事な林相である。山の神分岐で朝登ってきた登山道と合流して下り、駐車場から湯の花温泉に戻り、清滝前バス停の共同浴場・湯端ノ湯に身を沈め、山の出湯でのんびりと疲れを癒し、今日の結びとした。 参考タイム 滝沢登山口 駐車場 → (15分) 分岐 → (40分) オオカツラ → (40分) 尾根 → (30分) 大嵐山山頂 → (50分) 湯ノ倉山分岐 → (30分) 湯ノ倉山山頂 →
午後から南会津町役場を尋ね、南会津町管内図5万分の1を買求め、旧南会津郡役所を廻り、時間が未だ早いので、この際、「人名登山」の一つを果たそうと斉藤山へと向った。
町外れから標識に従い長野集落方面に入り会津鉄道 会津長野駅を左に過ぎて、右奥にアンテナのある山頂の斉藤山(サイトウザン)がでんと構えていた。農道を進むと、やがてT字路になり右折し、暫く直進すると「身障者施設が有るので走行注意」の看板が目に留まる。先に進むと砂利道となり施設の「あかまつ荘」を過ぎ、山砂利採り場からの道と合流した所に「斉藤山登山口」の標示看板があった。ここから急で狭い上に砕石がゴロゴロした運転しにくいリヤカー巾の道で、タイヤがパンクしたらお手上げだ、時間の余裕ある日に登ろうと、引き返すことにした。
宿のおばあちゃんから私は訪れていないが、紅葉の日暮滝が素晴らしいとの話しを聞いていたので、訪れることにした。
会津鉄道 養鱒公園駅から松川街道の十文字、観音沼を経て戊辰戦争の場となった野際新田を通り、野際宿に現存する数軒の茅葺屋根の家々を見ながら、途中に「奥州駒返り坂」の案内板に、会津藩は元禄8年(1695)松川通り(会津中街道)を開削したとあり。
その道筋は若松・西川・香塩・桑原・小出・弥五島・松川・野際・三斗小屋・板室・百村・高林・横林・上石神・山田・矢板・川崎・乙畑・氏家に至る31里10町52間の街道である。旧道は現道よりも東側に位置している。野際宿から九十九折りの坂を登り、下る坂を「奥州駒返坂」と呼んでいた。
険阻な大峠を越える為、時の藩主 松平正容公もこの場所で駒を返し徒歩で越えたと伝えられている。
那須連峰の三本槍岳の山腹を源流とする、加藤谷川沿いの大峠に至る道を辿ると、道筋からまさに全山紅葉の静寂の中に「日暮滝」はあった。落差80mの二段滝。雨模様になったので引き返し今夜の宿、駒止湿原入口の針生集落に向った。
★管理人から令和のこそこそ噂話★
★★★12月2日は「日本人宇宙飛行記念日」★★★
1990年のこの日、TBSの秋山豊寛記者(当時)を
載せたソ連のソユーズTM11号が打ち上げられ、
日本人初の宇宙飛行に成功した。
~今日は何の日 毎日が記念日より引用~
先日野口さんを乗せた民間の宇宙船が打ち上げられましたね。
半年も宇宙ステーションに滞在するそうですが、
どんなミッションが待っているんでしょうか?
私も毎日積み上げを継続しようと思います!
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