20 縫道石山(626m){ヌイドウイシヤマ}
県=青森・下北半島 同行者=石井さん・田中さん
登山日:2002年5月14日
Outdoor Style サンデーマウンテン
手斧に例えられる下北半島の山旅も三日目。大湊のホテルを発しR338号線で陸奥湾を左に見ながら海岸線を走り、一路、朝比奈岳・縫道石山を目指して進む。途中の川内村役場に朝比奈岳・縫道石山の情報を得るため立ち寄る。東通村役場と比較すると設備に雲泥の差があり、一方は贅沢三昧で中身は推して知るべし、こちらは昭和初期に戻ったような木造で、既にペンキも禿げ落ち玄関を入ると古臭い書類の匂いが漂い、裸電球が灯され薪ストーブが置かれたレトロな雰囲気の中で、パンフレットを頂き、心の籠った説明をして頂いた。
それにしても国の施設を造る為に、如何に補助金が莫大で無駄が多いか、青森の、ある寒村でダムが土砂で埋まり再構築するに為、一軒に付き移築料として一億円の補助金で鉄筋建ての御殿の並ぶ姿を思い出しながら役場を後にした。
来た道を1kmほど戻り、川内川に沿って県道46号線の「かもしかライン」に入り、ほぼ斧の中央部に位置する朝比奈岳へと向かう。途中の自然豊かな川内渓谷沿いを辿り、湯野川温泉をやり過ごし川内川支流の新助川へと入り、役場で聞いた町村境界に達した処で車を止めて、朝比奈岳の稜線が見える辺りから踏み跡を探したが、2mを超すクマザサに行く手を阻まれ、二時間ほどアルバイトをしたが、ルート不明で磁石は回転した儘で方向が定まらず断念した。
一旦、来た道を畑集落まで戻り、佐井大畑線に入り矢櫃川沿いを走る。この辺りは自然の宝庫で、ブナやヒバ・ミツガシワの大木が陽の光を遮るほどに混生している。滔々と流れる大利家戸川と対岸の深い緑の織りなす心地よい川沿いを進み、水の豊富な渓谷は透明度が高く、陽の光が川底まで達し遊ぶ魚も望めた。
新しく川内ダムの畔にある道の駅「かわうち湖」に立ち寄り、昔懐かしい赤い郵便ポストがポツンと佇んでいる脇を抜け、レイクハウスで「やまめ渓流そば」を腹に流し込み、朝比奈岳を探したロス時間を取り戻すべく先を急ぐ。
開拓された野平高原に達すると、怪異な岩峰が目に飛び込んできた。初対面の縫道石山である。
広い高原の先の原生林から突き出た姿は実に壮観だ。道標に従い「縫道石方面」へと砂利道を暫く進むと、ダルミ沢出合いに駐車スペースと登山口があった。
ブナの大木の傍に、大間川内営林署が建てた道標があり、岸壁で発見された地衣類が「特殊植物群落」として国の天然記念物に指定(1976年)されたこと云々。と「十一面観音のお達し」なる登山の注意看板が立てられていた。
細い沢を渡り沢に沿った道を辿ると杉の造林地の中に分岐があり、二手に分かれた右手の道を行く。やがて自然林の青森ヒバ、ナナカマド、ミツガシワ等の混交林となりムラサキヤシオツツジの花が色を添えていた。
しだいに傾斜がきつくなり尾根に取り付く。右下には造成中の林道が見え隠れする。これに平行するように緩やかに登って行く。鞍部と思われる所にクランクコースの案内板があった。
ここでも分岐があり草が被った右への道は野平へ通じる旧道らしい。ここは整備された左手の道を進み、やがて達するであろう岩峰が見えてくる。岩峰を廻りこむように、岩壁にへばりつく根の張ったヒバにつかまり、喘ぎながら登りきると岩場の山頂に飛び出した。
野平高原から見えた山頂は、あいにく霧が湧き出し残念ながら何も見えない。暫くの間、世俗の雑事をしばし忘れさせて霧の晴れるのを待ったが、晴れそうもないので去り難い山頂を後にした。往路の岩峰を慎重に下り登山口へ戻った。
下山後、福浦漁港から何れ登りたい津軽半島の山々を眺め、奇岩の林立する仏ヶ浦を散策した。海峡ラインを通って奇怪な名前の人切山の裾を抜け、日本猿の生息する北限域の脇野沢村の道の駅で、焼干しラーメンを食し帰途についた。