182 三原山(764m)
県=東京 伊豆大島
同行者=今村君・林君
登山日:1962年2月25日
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昭和32年(1957年)に京都の第一工業製薬本社に入社して経理課に配属されていたが、父親が46歳の若さの胃癌でこの世を去り、6人兄弟の長男である事を上司も気に掛けてくれ昭和36年東京工場総務課に転勤させてくれた。
これを期に東京北区 西ヶ原の一里塚寮に転居した。
寮には同期入社の今村君・林君が既に在住していた。その後、38年に販売部家庭品課の中村課長に見染められ営業畑に転属になった。そして林君の京都工場、今村君の札幌支店転勤が濃厚となり、同期の三人で「東京あらくさ会」として、休暇を取って出掛けたのが大島三原山だった。
東京竹芝桟橋から夜行フェリーで伊豆大島の表玄関口、岡田港に降り立った。シーズンオフの為、立ち並ぶ土産物店街もひっそりとしていた。そんな港の東海汽船の待合所を出た左手から観光バスの発着場があり、ここから周遊バスに乗り込み椿園から山岳道路に入り、草木も寄せ付けない外輪山の一角にある御神火茶屋に1時間ほどで着いた。
いよいよお鉢廻りをスタート。辺りは黙々と立ち上がる噴煙に混じって亜硫酸ガスが鼻をつくのも恐れずに、アノラックを着込んで寒風が吹き荒ぶ火口壁を一周した。
不気味に地球の鼓動が聞こえる中を命がけの経験をして、テキサス下降口に降り立ち黒潮の家で休憩と昼食の後、元町経由で波浮港見晴し台に立ち寄り、波浮湾が噴火口であった証を覗いた。
そして今夜の宿である元町の「柳川館」に靴を脱いだ。
伊豆大島は花の山で、冬に咲く椿は椿油、春に咲く大島桜は桜の原種で有名である。仲居さんが頭に手拭いを巻き、水桶や薪を載せて運ぶ姿でアンコ娘が出迎えてくれた。
翌日、椿ガーデンで花を鑑賞して、元町港からフェリーで伊豆下田港に降り立ち石廊崎と了仙寺など市内観光地を一通り廻って、酒や肴を買い込み伊豆急車中の人となり、一杯やりながら、この山旅の打ち上げをして締め括った。
★管理人から令和のこそこそ噂話★
2月2日は「節分」です!
本来は各季節の始りの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のことであるが、現在では春の節分だけが行われている。
季節の代り目には邪気が生じると考えられており、それを追い払う為、
この日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したものを戸口に立てておいたり、炒った大豆を蒔いて歳の数だけ食べたりする習慣がある。
~今日は何の日 毎日が記念日より引用~
今年は124年ぶりの1日早い、2月2日の節分でしたね。
豆まきに恵方巻ですね~
我が家は各自好きな具材を各々巻いて食べました。